" エンデとボイスの対談が実現したのは85年、ボイスの死の直前である。対談は『芸術と政治をめぐる対話』としてまとめられたが、共通点よりもむしろ相違点を浮かび上がらせた感がある。基本的相違として、ボイスが異なった物事をやがて融合させうると考えていたのに対して、エンデはむしろ物事の間にある区別や相違を取りはずすことに慎重であった。歴史は分裂を経て、ある種の統合の方向に向かうはずだと考えていたボイスにとって、各個が各個のままに存在しつづけるということはありえない事態だった、といいかえてもよいだろう。ふたりの相違は、「芸術」概念にも顕著である。ボイスが「芸術」の概念は人間の営み全般に拡張できると語るのに対して、エンデはあくまで特定の形式をもった「芸術」に固執する。「芸術」作品は人々に対して喚起力を持つべきだという点でふたりは合意するが、それを人々による有機的な社会形成に導こうとするボイスと、「芸術」作品は、それ自体で価値があるとするエンデとの間には溝が生じている。
 エンデの「芸術」概念は、ボイスのそれに比較すれば一見旧弊である。しかし、伝統的な「芸術」概念を一蹴し、誰もが社会形成に向かうべきだとするボイスの主張は、エンデにはおそらく高圧的に聞こえたであろう。エンデは「なんでも共通分母にそろえたがる」「ドイツ的傾向」を批判しつつ、遠まわしにボイスの主張を非難する。あらゆる人を同じ目標に向かわせる権利など、誰にもない。エンデは、「この世には、いろんな種類の人間がいて、いろんな種類の才能があるということを、喜ぶべきなんですがね。種類がちがえばちがうほど、いいというのに!と語っている。(出典:「ヨーゼフ・ボイス よみがえる革命」P198より 監修・執筆者:北海道大学大学院文学研究科准教授 浅沼敬子氏)"